サポーター体験記295

「徳さんにまた会いたい!」福々しい笑顔の包丁研ぎ師

取材日令和5年6月28日
更新日令和5年9月12日

スパッと切れ味がいい包丁だと、料理が楽しくなると思いませんか?
包丁研ぎ師の皆さんは、包丁を磨いて台所に立つ人を笑顔にしています。
「徳(のり)さん」こと、坂井徳國さん(74歳)は、公益社団法人練馬区シルバー人材センターに所属する包丁研ぎ師のひとり。ちょっとした会話のなかで、お客様から「気分まで明るくなった」「また会いたい」との声も! 徳さんが包丁研ぎ師になるまでの半生や、やりがい、苦労話などたっぷりとお話を伺いました。

取材:坂井徳國(さかい のりくに)さん

※以下、文中敬称略。

徳さんの包丁研ぎ 定例開催場所(9月5日時点)
毎月第1土曜日/司ビル(Tomo's処方箋)ユニホー不動産前(東大泉1-31)
毎月第1日曜日/都営南田中団地39号棟入口前(石神井町1-1)
毎月第2火曜日/ 加昌マンション1階トレント洋菓子店前(東大泉7-38)
毎月第2木曜日/ライフ土支田店向かい(土支田4-13)
毎月第3日曜日/下石神井天祖神社の境内(下石神井6-1) 他
練馬区シルバー人材センター ホームページの刃物研ぎ事業のページ:https://webc.sjc.ne.jp/nerima/information_2

セールスマンからタクシー運転手。がん発覚で一転した第二の人生

ーーー包丁研ぎ師になるまでの経歴を教えてください。

坂井「出身は愛媛県の八幡浜。森進一の『港町ブルース』の歌詞に出てくる町です。高校卒業後は名古屋に行って、縁あって東京へ。平和島競艇場の目の前のアパートに住み、レジスターのセールスマンをやっていました。景気が良くてよく売れました。それで独立したんですが、見事にすってんころりんと失敗しましてね。その後、中野のタクシー会社の寮に住み込み、タクシーの運転手になりました。初めて練習に出た日は忘れもしない昭和47年(1972年)の2月、浅間山荘事件のさなか。青梅街道も甲州街道も大雪でした」

ーーーご家族は?

坂井「運転手を始めた頃は独り身でしたが、その後、結婚して子供が生まれました。個人タクシーの運転手を45歳から勤めましたが、信号でヒヤッとすることがあってね。67歳で踏ん切りよく辞めました。第二の人生をどうしようかと、飯田橋の東京しごと財団へ相談に。そこで内装リフォーム関係の職業訓練学校に通いました。いざ仕事を探したら求人は55歳までがほとんど…。でも、細かい手仕事が自分に合っていると思ったので『どうしてもやりたい』とお願いしたら、雇ってくれた会社があったんです。やる気満々でしたが、入社してすぐに健康診断でがんが見つかって…。せっかく雇ってもらったのに、治療のために辞めざるを得ませんでした」

ーーー年を取ると、いろいろあるんですよね。

坂井「それで練馬区のシルバー人材センターに入会して、学校の施設管理の仕事を紹介してもらって働くことになりました」

ーーー包丁研ぎ師はいつから?

坂井「学校の施設管理の仕事とほぼ同時期、71歳からです。シルバー人材センターの班長という役を引き受けていたのですが、班に所属する組長の1人が急に亡くなられて、組長を引き継いでくれる人を探すことに。シルバー人材センターの名簿を見ながら、一軒一軒尋ね歩いたんです。その中に包丁研ぎ師の先輩(以下、親父さん)がいて、『おまえさん、包丁研ぎをやれよ!』と声をかけられました。学校の仕事もあるので迷いましたが、もともと手仕事がしたかったので『よし、やってみよう』と決断。今もその親父さんとは一緒にやっています」

徳さんは、昼間は包丁研ぎ、夜は学校の施設管理とかけもちで約5年間続けたそうです。令和5年(2023年)の春からは、包丁研ぎに専念。なんでも一生懸命に取り込む徳さんだからこそ、組長探しから包丁研ぎの仕事まで、ご縁が繋がっていったのかもしれませんね。

常連客いわく「徳さんの笑顔とトークがいい!」とのこと。包丁研ぎ師はシルバー人材センターのベストを着用しています

お客さまの「ありがとう!」が何より嬉しい

ーーー包丁研ぎを選んだ理由は?

坂井「包丁研ぎの仕事は、お客さんに毎回『ありがとう!』と笑顔で言われ、とても嬉しいんです。学校の施設管理は夜間休日の施設の見回りが主な仕事で、仕事中に「ありがとう」と言われることはほとんどないですからね」

ーーー感謝されるとやりがいも湧きますよね。包丁研ぎ師になるための研修は?

坂井「研修は包丁研ぎの仲間内でやります。人によって技術を習得する時間が違うので研修期間は決まっていませんが、だいたい1か月に4〜5回でしょうか。私は誘ってくれた親父さんから1か月ほど、現場で無給の下働きをして教えてもらいました」

徳さん(奥)は包丁研ぎのほか、お客さんの対応をすべて行っています

ーーー区内に包丁研ぎ師は何人いるのですか?

坂井「練馬区シルバー人材センターに登録している人は約3,400人。そのうち包丁研ぎ師は、練馬区の東西それぞれに7人くらいいて全14名ほど。全体からみると、研ぎ師がもうちょっといたらいいなと思いますが、なかなか増えないんですよね。包丁研ぎは1月、2月は休みで、3月から12月まで実施していますが、夏は暑く、冬は寒い。手が霜焼けになるし、雨が降れば大変です。豪雨なら中止しますが、普通の雨降りならテントを持って行ってやります。お客さんが来なかったら1円にもなりませんしね」

ーーーお客さんは1日何人くらいですか?

坂井「朝の9時から午後3時までで、場所によって違いますが、少ない日で10数人、多い日で50人ほど。多い日の本数はだいたい70〜80本くらいかな。ハサミや植木鋏や剪定鋏、裁ち鋏なども受けています」

ーーー料金はいくらですか?

坂井「包丁1本500円からです。錆びているもの、欠けている場合もあるので『まず見せてください』と言って、包丁の状態で料金を決めます。ハサミは300円から。でもね、100円ショップのハサミを持ってきて、『100円ショップで買ったんだからもっと安くしてくれ』と言うお客さんもいました(苦笑)」

包丁研ぎは、誠心誠意がモットー

ーーー仕事で心がけていることは?

坂井「プロの料理人ご用達の研ぎ職人もいますが、私たちシルバーは庶民の台所の1本を預かる世界。料理の時に気持ちよく切れるように、誠心誠意、一生懸命やるだけです。そして地元のお客さんと会話をして、その場が井戸端会議のように和気あいあいとした雰囲気になったら嬉しいです」

ーーー道具へのこだわりはありますか?

坂井「昔ながらの砥石で研ぐことです。道具はすべて自前で揃えるんですが、荒砥(あらと)、中砥(なかと)、仕上砥(しあげと)の砥石を、全部で5、6本用意して、3段階で仕上げます。家庭で使う包丁なら中砥までで十分なんですが、ちゃんと仕上砥で研ぐところまでやっています」

丹精込めて包丁を研ぎます!

ーーー道具だけでも結構重そうですね。

坂井「砥石の箱だけで重さは15㎏くらい。包丁のほかにハサミも研ぐので、ネジをとるレンチなども持って行くし、雨のときはテントや支柱も運びます。最初は自転車で仕事道具を運んでいましたが、包丁研ぎのためにバイクを買いました」

荷台に砥石などを積んで、バイクで現場に直行

包丁研ぎ師になりたい人に一から教えます

ーーー包丁は普段どう扱えばいいのか、アドバイスをいただけますか。

坂井「普段の手入れで簡単なのはお湯です。水滴が残らないように、最後にお湯をかければ乾きやすい。大事に使えば孫の代まで使えますよ。あまり使わない包丁は、錆びないように油をちょっと塗っておくのがポイントです。一番良いのは変色がない椿油。なければオリーブ油で。普通の油は長いこと置くと、ベトベトしたり変色してしまう恐れがあります」

福々しい笑顔で、山あり谷ありの人生を語っていただきました

ーーー今後の展望は?

坂井「もっと街のあちこちで包丁研ぎが増えたらいいなあ、と思います。培った技術はもちろんお客さん対応など伝えたいという気持ちがあるので、やる気のある人がいれば一から教えます!」

下石神井天祖神社の境内でも包丁研ぎを定期的に開催

練馬区シルバー人材センターの包丁研ぎは、「包丁研ぎます」の黄色いのぼりが目印です。街のどこかで徳さんを見かけたら、気軽に声をかけてみてはいかがでしょうか。

サポーターによる取材の様子

サポーターの取材後記

とっとり君

「世のため人のためにやっていることが、結果的に自分のためになっているんですよ」そう語る徳さんは、練馬区シルバー人材センターから派遣され、街角で定期的に店開きをしている包丁研ぎ師の1人だ。かつて企業の営業マンからタクシーのドライバーまでやってきた経験から、人の心を掴むことには長けている。人当たりもすこぶる良い。実直そうな人柄もサポーターの眼鏡に叶い、企画として推した次第。「徳さんと話をしていると心まで癒される」と主婦たちからも評判。包丁の切れ味の良さもさることながら、徳さんは人の心内まで磨いてみせるという、何とも頼りがいのある熟年の職人さんだ。今日も街角のどこかに徳さんの笑顔がある。

Kooshoo

「包丁研ぎます」ののぼりを立てたら、それを目がけて何人も徳さんのところに集まってくると聞いてびっくりした。今は台所に包丁さえない家もあり、あってもせいぜい1本程度だ。そんな時代に「包丁研ぎ」の企画が出た時は、正直言ってちょっとピンとこなかった。天気などにもよるが、それでも「多い日なら50人近くのお客さんが来る」そうだ。お客さんから注文を受けて、同僚に仕事を分配し、金銭の授受やクレーム対応も含めてすべて徳さんの仕事。「いろんなお客がいて大変だが、これも客商売。一生懸命やらせてもらっている」。練馬区シルバー人材センターに入ったことから研ぎ師と知り合い、一緒に働くことになった。仕事に誠心誠意努め、生きがいをもって働くことは素晴らしいことだと感じた。


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