サポーター体験記
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練馬駅すぐ、区民に愛される大鳥神社の例祭「酉の市」

練馬駅すぐ、区民に愛される大鳥神社の例祭「酉の市」
練馬駅前商店街に鎮座する大鳥神社
境内は、発展する町と共に歩んできた

商売繁盛の神様として練馬区民に愛される「練馬大鳥神社」。

コロナ禍では境内だけの酉の市でしたが、今年は三の酉まである酉の市を開催。
普段は閑静な境内ですが、この日ばかりは町も神社も賑わいます。

その盛況ぶりにあやかり、大鳥神社の由来やお祭りについて、宮司さんにお話を聞きました。

練馬大鳥神社

※以下、文中敬称略。
※取材はコロナウイルス感染症の予防対策に十分配慮し、行われています。

取材ご担当:宮司/磯部 豊三郎さん
所在地:東京都練馬区豊玉北5−18−14
電話:03-3948-2960
URL:http://torinoichi.info

町の人に愛された、三羽の鶴の祠が、大鳥神社のはじまり

――私達は意外と神社やお寺さんのことで知らないことが多いんですけれども、こちらにはお酉様と小さな薬師堂があると思います。まずそれらの由来について教えてください。

 お話を伺った磯部宮司、酉の市(例祭)の最中、詳しくお話してくださいました
お話を伺った磯部宮司、酉の市(例祭)の最中、詳しくお話してくださいました

磯部 「お酉様、この酉の市自体は、元々は、足立区にある花畑(はなはた)の大鷲(おおとり)神社の例祭事です。なぜかというと景行(けいこう)天皇の御子神である日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東夷征伐、つまり関東を平定しに来られるわけですが、その時に足立区の花畑の大鷲神社に『無事平定できますように』と祈願して、平定が終わった後にお礼のお参りをしました。その日が酉の日であったということから、お祭りが始まるようになりました。そしてその日に縁起物や生活用品を売る市が立つようになっていきます。それが元々酉の市の始まりとされています。


また、他の説としては、日本武尊が関東を平定した後に、伊勢・近畿の方に行って、現在の福井県と三重県の間にある伊吹山で、獣に襲われて亡くなってしまいます。日本武尊の塊が白鳥(しらとり)となり、大阪の堺の大鳥(おおとり)神社に舞い降りて、日本武尊をお祀りした、というふうに言われています。日本武尊が亡くなられたのが、この秋の酉の日だとも言われています。


ですから、日本武尊ですとか酉(鳥・鷲)に関する神様をお祀りしているところに酉の市が立ち、そこで出される品々が、そういった由来から縁起が良いということで、江戸の風習になっていきました」



――この神社の酉の市はどのように始まったのでしょうか?


磯部 「この酉の市は、正保2年(1645年)の酉の日に、三羽の鶴が飛来したそうで、ここの開祖である森田文庵という方が大変めでたいと、それを保護するわけです。鶴が亡くなった後に小さな祠としてお祀りしたのがこの神社の始まりです。祠はこの村の方に大事に信仰されて、この辺の大きな邸宅に移されるなど転々としていたのですが、昭和5年頃にここに移りました。
酉の市自体は、明治の後期ぐらいから始まっています。大正・昭和ときて、戦争中はもちろんできなかったでしょうけど、戦後、今のような形になりました」



――神社なのに、薬師如来もいらっしゃいますね?


磯部 「石薬師さんは元々、安永5年の(1776年)の石仏です。元は目白通り沿いに鎮座していたと言われていますが、道路の拡幅とともに行き場所がなくなってしまいました。この周辺の方が『それではあまりにも忍びない』ということで、こちらに来て、今神社の方で一緒にお祀りをしているというわけです。昔は神仏習合ですので、それほど違和感はなかったと思いますが、現代の感覚からすると、神社に仏様がいるのは、違和感があるかもしれませんね」

 神社の境内にある石仏、石薬師さま
神仏習合の名残とも言えます
神社の境内にある石仏、石薬師さま
神仏習合の名残とも言えます

大鳥=鳥の足で福を掴む・福を掻き込む、縁起物の熊手

――大鳥の種類といいますか、どんな鳥だったのでしょうか?


磯部 「御祭神は天之日鷲命(あめのひわしのみこと)という神様なのですが、天照大神が岩戸にお隠れになったときに、神々が外で楽器を囃して踊ったわけです。弓のような弦のような楽器があるのですが、そこに留まった鳥が天之日鷲命という鳥で、これが鷲そのものであったのかはわかりません。種類の限定はできないのですが、おそらくは立派な風貌の鳥であったのではないかと思います。各地にある“おおとり”の名前が違っていても、実態としましてはそこまで大きな違いはないかと思っています」

 練馬の大鳥神社は、「鳥」の文字で表します。
同じ音でも色々あるんですね
練馬の大鳥神社は、「鳥」の文字で表します。
同じ音でも色々あるんですね

――こちらの祭神には、どのようなお願いができるのでしょうか?
磯部 「御祭神は天之日鷲命と鶴霊神ですね。今日は例祭で、熊手を授与しています。熊手にも由来があって、日本武尊が関東平定後に先ほどの花畑の大鷲神社に熊手を奉納したとか、酉の市の時に、縁起物として熊手をたくさん扱っていましたので、ここにお守りをつけるなどし、一種の神具としても扱われるようになります。
あとは鳥ですから、まさに鷲掴みですよね。福を掴むとか、お金を掻き込むとか。そういう民間信仰がどんどん重なり合って、熊手を授与しているわけです。

 熊手は知っていても、そこに飾られている中身に意味があることは考えませんでした
熊手は知っていても、そこに飾られている中身に意味があることは考えませんでした

また元々、酉の市は土師(はじ)※たちのお祭りでもあったわけです。土師職人は人形の面も作る職人でしたから、熊手におかめ(の面)をつけている神社もあるわけです。神社によって少しずつ違うのですが、花園神社はおかめがついていますし当社の熊手には稲穂がついています」
※…陶器などを作る職人のこと。



――お祭りの開催回数は、、、さすがにわからないですよね?
磯部 「そうですね。正直、わかりません。ただ先ほども言いましたとおり、明治の後期ぐらいから酉の市を開催している記録は残っています。ですから村の人たちがやりだしたのはそのくらいか、実際はもう少し早いかもしれませんね。
元は祭事としての市ですが、先ほどのように鷲掴み、福を掻き込むという意味で、やはり商売繁盛につながりますよね。事業をされている方が、ご利益を願ってお参りをされますね」

 今回取材はなんと!お祭りの真っ最中に敢行!
外でお囃子が聞こえる中での様子
今回取材はなんと!お祭りの真っ最中に敢行!
外でお囃子が聞こえる中での様子
 演目は三筒男神、底筒男命・中筒男命・表筒男命のこと
演目は三筒男神、底筒男命・中筒男命・表筒男命のこと

――コロナの前までは、お客さんも境内や歩道にぎっしりになっていましたから、練馬駅に向かうとき、熊手を掲げて、人波の上に熊手が出るようになっている光景が懐かしいです。毎年、会社が成長するのに合わせて、大きな熊手にしていく、なんて聞いたことがありますが、このお祭りは日本全国にあるものなのでしょうか?


磯部 「いえ、関東だけのお祭りです。関西は恵比寿様が、酉の市と似たように行われています。地方によって違いますが、1月の初恵比寿は有名です東京では、酉の市が11月なのですが、関東でも西に行くと少し時期がズレるんです。埼玉の方では12月に酉の市を行います」

安心・安全なお祭りを地域と一緒に開催していきたい

――全国にある神社の数や、関東にある神社の数について教えてください。


磯部 「全国には宗教法人の数で、およそ18万1000あるようです。そのうちの神道系が約8万5000、仏教、つまりお寺さんが約7万7000、教会が約5000と言われています。残りの1万4000程が諸宗教です。
ですので、神道、神社が全国にやはり一番多いということですね。八百万の神とはよく言ったもので、神社が多いのはそういうことかもしれませんね」

 忙しい最中、時間を割いていただいたのは、地域の人との繋がりを大切にしているから
忙しい最中、時間を割いていただいたのは、地域の人との繋がりを大切にしているから

――最後に、商店街や近隣住民とのお付き合いについて教えてください。
磯部 「この酉の市は、祭礼実行委員会といって、商店街と警察消防を含めた委員会を作って運営しています。お祭りの2ヶ月前には委員会を開催して、昨年の反省や、今年はどのように開催するか?などの相談をして、警備や消防の方たちとも打ち合わせをしてやっております。委員会の皆さんは氏子さんではないのですが、安全・安心なお祭りになるように、町の皆さんと協力して実行しましょう、という委員会です。
いずれにしましても、これだけの店舗が出て、これだけの人で賑わうお祭りは大切にしていきたいですね」

サポーターの取材後記

Mita?
今年はコロナに気を付けつつも露店も出店され、例年のお祭りの雰囲気に戻っていました。出かけた時間は午後3時ごろで中途半端な時間でしたし、宮司の磯部さんも『今年のように三の酉まであるときの二の酉の人出は少な目になります』と、お話しされていましたが、確かに余裕がありました。
境内の舞台では御神楽が奉納されていて、お囃子の独特の音色がきこえています。
熊手を飾った露店では熊手が売れたらしくシャンシャンと景気の良い手拍子が聞こえてきて、お酉さま気分を盛り上げてくれています。参拝の列に並んで待っているときにふと気が付きました。人が次々にお参りしているのに鈴の音がジャランジャランと聞こえないのです。見ると鈴緒も取り外されていました。これもコロナ対応なのですね、と納得しました。お参りの後、露店巡りをしてみました。最近人気のシュラスコの出店、バナナやたこ焼きなどを子供が眺めている。親子連れが露店でゲームや買い物を楽しんでいました。平和な日本!を感じました。
その平和も神社、商店街、警察、消防、行政と多くの関係者の協力のもと、何事もなく気持ちよく楽しめるのだということも知りました。来年のお酉さまにも楽しく参拝に来よう!伝統のあるお祀りが続くことを願っています。
みかちゃん
境内から賑やかな太鼓の音が聞こえてくる。練馬駅からほんの2~3分、駅前の繁華街や飲食店などが立ち並ぶ商店街の一角に「練馬大鳥神社」はあった。 
長引くコロナ禍で、今年も見送りかと案じられたが、やっと実施にこぎつけた。やはり日本人には「祭り」である。笛や太鼓の音、神楽舞がくると心がウキウキして、家から飛び出してしまう。
境内のなかでは、縁起物の熊手を売る露店などが立ち並び、既にあちこちで「シャンシャンシャン・シャシャシャン」と賑やかな3本締め(手締め)で盛り上がっている。
大きな熊手は「日本武尊」が東征のおり戦勝祈願に立ち寄って、社前の松に武具の熊手を立てかけたことから縁起物とされたという。また「福を搔き込め」という願いもあるそう。
そういえば江戸時代・明治時代~男は帽子に、女性は結った髪に熊手をさして歩いたそうである。磯部宮司にいろいろ聞いた中で、練馬の大鳥神社の鳥は三羽の鶴だそう。1645年ごろ中荒井村に三羽の鶴が飛来し、村人が大層可愛がっていたが死んでしまった。そこで祠を建てて崇めていたのが練馬大鳥神社のはじまりだそうです。
こんな暗い世相を吹き飛ばすよう、酉の市が明るい世づくりに役に立ってくれるといいなあ!

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