サポーター体験記
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糀づくりは科学と経験!丁寧な米糀づくりの作業現場を見学
- 取材日
- 令和3年10月26日
- 更新日
私たちの生活に欠かせない、醤油や味噌、みりんに納豆、ヨーグルトにチーズ、キムチ、、、これらは全て「発酵食品」です。
都内で唯一の味噌蔵、練馬の「糀屋三郎右衛門」も米糀と味噌を中心に製造しています。
米糀とは?発酵食品が体に良い理由、そもそも米糀はどうやって作るの?
そんな疑問を解決しにいきました。
糀屋三郎右衛門
※以下、文中敬称略。
※取材はコロナウイルス感染症の予防対策に十分配慮し、行われています。
取材ご担当:辻田 雅寛さん
所在地:練馬区中村2-29―8
電話: 03-3999-2276
URL:https://www.kouji-ya.com/
まずは「蒸し」の工程を見学、菌繁殖の土台づくりはここから!
もうもうと湯気が立ち上る現場を、特別に取材させてもらいました。
辻田さんも作業をしながらの説明です。
――今はどんな作業・工程なのでしょうか?
辻田 「糀作りの準備工程、材料である米を蒸しています。
水は入れずに蒸気で蒸すんです。普通、家庭では、水を入れた容器(鍋など)を熱して蒸気を発生させると思いますが、ここでは蒸気ボイラーを使って、蒸気だけこちらの樽に送ります。
行っている作業自体は昔から変わっていませんが、システムは今風になっていますね。

皆さんがお米を食べるときは炊きますよね?炊くと、お米が持つ水分量が53〜55%くらいになります。
これくらいが“食べて美味しい”と感じる水分量です。
水に浸してそのまま熱を加えるとその水分量ですが、これを蒸す作業にすると、水分量がここから20%くらい減り、およそ30%台になるわけですね。
なぜこうするかと言うと、ご存知かもしれませんが簡単に言えば糀はカビなのです。
イメージしていただきたいのですが、家庭の中で一番カビが生えるところは、、、、そう、お風呂場です。これは水分が多いためです。
今、市販のお風呂掃除グッズで“カビを根元から退治する”なんていうのがありますが、根というのはつまりカビが浸透しているということです。
これをお米に置き換えて考えます。表面だけでなく、お米の中に糀を浸透させたいのです。
水はけが良い土地ですと、表面に見える茎よりも根の方が倍くらいの長さになります。これと同じことを糀にさせたいために、お米の水分量がとても重要になるのです」
――水分量が重要なのですね。繊細な作業ですね!
辻田 「この水分量を先人たちは色々工夫をする中で、“お米は蒸すことが一番具合がいい”と発見したんですね。
今は科学的に実験やシミュレーションが可能ですが、当時はきっと何千・何万回と数えきれない失敗を繰り返し、そこから少しずつ経験を蓄積してきたのだと思います。これを1000年以上続けてきたのです。

ただ、お米は基本的に水を吸わせないとパサパサです。
このお米も、実は蒸しの工程の前に、一昼夜浸漬させて水を切っています。
お米は時間経過とともに吸水する水の量が最大になり、6〜8時間で限界を迎えます。
それ以上はいくら水に漬けていても溶けるだけです。
ですので、一昼夜という時間でも水分が入りすぎるという問題はないです。
ちなみにお酒を造る場合は、水に浸す時間をストップウォッチで秒単位で計測しています。
なぜかというと酒造りではそのままのお米を使うことがなくて、お米を削るんですね。
これを精米歩合(磨き)と言うのですが、吟醸酒は一般的に55%削ります。
これが精米歩合7割だとすると、米のほとんどが残らず、清涼菓子のような小さな丸い粒になるんですね。
こうなると、水を吸うのがとても早くなり、またすぐに溶け出すので酒造りの場合は、1分30秒ですとか、ごく短時間浸すのです」
――糀用のお米は削らないのですか?
辻田 「いえ、1割ほど削って精米してもらいます。ちなみにうるち米です」
――当主はこのお仕事をもう何年されているのでしょうか?米の状態を把握する感覚、と言うのはどのくらいで身につくのかな、と思いまして。
辻田 「仕事についてからは30年ですね。糀を作る職人はきっと皆こう言うと思いますが『糀は科学製品ではなく、(麹菌は)生き物ですから、結果が毎回変わります』と。これが平均的に完成度高く出来れば合格点ですが、どこをゴールにするかによって、感覚を“自分のものにした”とハッキリ言えるか、人により異なると思います。まさに一生勉強ですね」
――以前少し耳にしたのですが、この桶もずっと同じものを使い続けているとか。木製の桶でないと何か都合が悪いのでしょうか?

辻田 「この蒸し用の桶は2001年からずっと使っています。最近の修理は今年の9月でした。
そばに置いてある通常のものと比べると分かるのですが、木目が違います。柾目(まさめ)と板目(いため)の違いです。
水分調整をしなければいけない作業では、柾目の方が伸縮性が強いので、スポンジのように余分な水分を吸収するのです。
だからお櫃や寿司桶なんかはこちらの方が都合が良いんです。ただ逆に長期保存の目的にこれを使うと、中身が漏れますので、この場合は板目の樽を使います。
木の皮、表面に近い板目材は、内側は水を比較的通しますが、外には漏れなくなっている。
昔の人はちゃんとこの辺を考えていて、餅は餅屋に桶は桶屋に任せていたんですね。
現代の方が、科学的には何倍も進んでいますが、昔の人が経験と技術で培ってきたものは、(少なくとも糀作りに関しては)100%間違っていないですね」
辻田 「では、隣の部屋で、実際に麹菌をつける作業を見てみましょう」
麹菌も人間と同じ?!お米を「食べられる状態」に変化させる
――糀づくりの詳細について、教えていただけますか。
辻田 「これから行う作業は、先ほど蒸した米に麹の菌を振り、手で混ぜ合わせる作業です。
お米は意外とサラリとしているでしょう?これくらいサラサラしてないと、1粒1粒に糀の菌が行き渡らないのです。
こんなふうに指先で摘んで、1、2、3、、、こうやって10回くらい揉んで、どのくらいの粘度になるかどうかを蒸し加減の適正具合の指標としています。
うん、いい出来だ」


――糀菌を効率良く根つかせるために、先ほどの蒸しの工程があると考えて良いでしょうか?
辻田 「詳しく説明しましょう。
皆さん、防災対策の備品で、水を入れて食べる“アルファ米”って聞いたことはありませんか?
お米に含まれる生の状態のでんぷん質を“ベータでんぷん”と言います。
それが、人間が食べて吸収できる状態になることを“アルファ化(する)”と言います。
人間が食べられるということは、菌にとっても食べやすくなるということです。つまり、蒸すという工程は、生のお米をアルファ化するために必要という訳です」
――いま振りかけているのが麹菌ですか?見た目は小麦粉みたいですね。全く匂いがしませんね。

辻田 「厳密に言えば、こちらにもでんぷんの粉を調合しています。
でんぷんやお米には、本来、強烈な匂いを発する成分そのものがありません。
お米や麹の香りはしますが、強い香りになる時は、大抵の場合、雑菌が繁殖しているためです。
今手前で動いている機械は、簡単に言えばくっついたお米をバラバラにするためのものです。
実際には麹になった米をバラすために使用するものですが、混ぜる前にも使っています。
そうすると、一粒一粒が離れて表面積が増えるので、それだけ菌が満遍なく入りやすくなるのです。
実は、麹菌が持つ性質で、固まるというものがあります。
米について固まることを“板じまり”と呼んでいます。

それから先ほど、『小麦粉みたいだ』とおっしゃっていましたが、小麦粉は生の状態では食べられません。
でんぷんも同じで、混ぜてあるものは玄米由来の“アルファ化でんぷん”です。
仮にここに麦の成分が入ってしまうと、麦アレルギーが出る方もいらっしゃいますので、小麦由来の成分は使いません。
ちなみに、米30kgに対して菌を2gほど使います」
――テキパキと作業されていますが、この工程はスピード勝負なのですね。次が発酵の工程ですか?
辻田 「温度が適正以下になると、蒸した米を再度加温しなければならないのです。
加温すると温かくなりますが、当然その部分の水分が蒸発します。
そのため、できるだけ加温をせずに温度と湿度を保ちたいのです。
この工程では発酵はしません。この作業では“麹菌を増やしている”のです。
発酵というのは、その物体が別の状態に変化することを指しますが、この工程について、日本語でわかりやすく適切な言葉がないのです。
感覚的には培養に近いかもしれません。とにかく、“麹菌を増やしている”のです。
ではなぜ、麹菌を増やして発酵食品に使うのかということですが、麹菌そのものが必要なのではなくて、麹菌が発生させる“酵素”が必要になるためです」
――だんだん難しくなってきました。
辻田 「そうですよね。分かりやすく説明します。
物をくっつけるのは接着剤です。この接着剤の役目をするのが酵素なのです。
実は人間の体の中でも物を分解して吸収するためには、必ず酵素が必要になります。ですので、この酵素を作り出すための菌が、人間の中には住んでいます。
一般的に、お味噌でも糀でも発酵食品が体に良いとされているのは、人間の体に入る前に微生物が栄養を吸収しやすい状態にしてくれているためです。
人間の体の中に取り込んでからその作業をする負荷が少なくなるので体に優しいとされています。

アメリカの統治が始まった時代から、給食などで子供たちに牛乳を飲ませていますが、東洋人の中には、牛乳に含まれる成分を上手く分解できない体質の人も多いので、牛乳を飲むとお腹がゴロゴロしたりします。
これをヨーグルトやチーズにすると、より吸収しやすくなりますが、当然牛乳そのままより手間もお金もかかります」
自分達が求める最高の品質のために、手間を惜しまず作り込む
――手で掻き回すのはなぜでしょうか?『こうなったら完成!』というゴールはありますか?
辻田 「麹菌を米一粒一粒に、手の感触を頼りに混ぜていくのですが、この工程をやるのとやらないのとでは、仕上がりに差が出るのです。
状態としては“サラサラになった”ということがゴールなのですが、こればかりは良い加減・良い塩梅になったらゴール、としか表現のしようがないですね。
ちなみに糀づくりの工程において、塩分が入ることは一切ありません。
人生ベテランの皆さんであれば直感的にご理解いただけると思いますが、塩が入ると菌が繁殖できる環境が極端に悪くなります。制菌効果とも言います。
だからおにぎりに塩を振るんですね。これはひとえに保存の観点から発展してきた知恵ですね」

――奥深いのですね!しかし、手間のかかる作業ですね。
辻田 「この菌の繁殖や発酵については、我々人間が入り込む余地がないほど、道理が決まっています。
この作業もやらなくて済むのであれば、やりたくないくらいキツイのですが(笑)、商品の仕上がりに差が出ますので、我々としては、やらざるを得ないと言いますか。
ただ、この工程を省いても糀にはなります。また、やらないことで不味いものになるかと言われれば、決してそんなこともないのです。
私たちが求めている製品の品質のためのこだわりでしょうかね。
さて、麹菌が十分に混ぜられたら、再びこの機械に通して、米の粒をバラバラにしていきます。
どうしてもかき混ぜると米同士がくっつきますからね。
これらの工程管理も先ほどの蒸し米の管理と全く同様で、よく見学する方に『何年くらいで美味しいもの、満足いくものが作れるようになるんですか?』と聞かれます。
極端な話、素人が作っても最初から美味しい糀になることもあります。
ただ安定的に作れるようになるか、というと、ここに大きな落とし穴がある。
全く同じ時期に全く同じことをやっても、仕上がりに差ができるのです。それは30年やっていても変わりませんね。
なぜそうなるかの原因を探るのは、今よりもずっと難しかったです。だからこそ、糀づくりは面白いという面もあります」



――この後、企業秘密の箱に入れて保存・保温し、一昼夜ほどして乾燥させたら「米糀」の完成です!
うるち米の蒸しから麹菌を振り、混ぜ合わせて保存するまでの一連の工程でもここまでの手間がかかっていますので、この後の工程でも丁寧に作られることは、想像に難くありません。
辻田さんがおっしゃった、『昔の人が数えきれない失敗を繰り返して今がある』という言葉に、身近な食文化をあらためて見直すとともに、ここ練馬にその文化を継承している企業があることが、誇らしくなりました。
サポーターの取材後記
- れんげそう
- ちょうどこの訪問のころ私は、ベテラン農家のボカシ(=肥料)作成の様子が毎日ライブ配信されるのをネットで見ていました。彼らはうまく発酵しないので苦労していました。糀と同じく、微生物を扱う仕事です。現在のコロナ禍問題も、人類が微生物をコントロールし損なった結果だと、私は見ています。
今回糀作りを詳細にみせてもらいました。
手作業で手間をかけながら、几帳面に作業していました。これは企業秘密だから写真はご遠慮ください、という場面も見せてくださいました。
練馬区に、このように微生物を完璧にコントロールできる技術を持った人々のいることを誇りに思います。
私は、今年の1月、辻田氏から、この糀を使った味噌作りの講習を受けました。今家で、この自家製味噌を使っています。この訪問の時、その味噌を持って行き結果を味見してもらいました。「いいじゃない。これ以上することなし」という評価で、安心しました。
- へーげん
- 取材中、社長の凛とした大きな目で語る姿。昔の人達の知恵への敬意が込められたメッセージと共に感動しました。
他とは比べ物にならない圧倒的な美味しさがここにあるのだと分かり、当日の夕食はありがたみを感じて頂いてしまいました。
若い方からお年寄りまでが魅了される糀屋三郎右衛門。未来に続くインスタグラムでの動画。
時折社長が見せる笑顔で「バカ言ってんじゃないよ〜」と魅了する一面や、女将さんや叔母さまの食す側への愛のある手作業風景。
その両面を受け継いでいく8代目。感動とありがたみを感じた取材でした。
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