サポーター体験記
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音楽が人と地域を結ぶ〜故郷への想いが美しい調べを奏でる〜

音楽が人と地域を結ぶ〜故郷への想いが美しい調べを奏でる〜
こちらは先生の大正琴、見た目は細長い
タイプライターのようです!

♪〜♪〜
金属の弦から奏でられる、軽やかな音色が冬の商店街に響きます。
大正琴は、基本的には木製の胴に4本の金属の弦が張られる弦楽器です。
左手で鍵盤を押さえ、右手に持ったピック(小さなバチ)で弦を弾いて演奏します。
名古屋方面では大変有名な楽器だそうで、お稽古事の大定番とのこと。
東京では、まだまだ知られていないというその魅力を、先生に聞いてみましょう。

琴修会 大正琴教室「りっちゃんの部屋」

※以下、文中敬称略。
※取材はコロナウイルス感染症の予防対策に十分配慮し、行われています。
取材ご担当:公益社団法人 大正琴協会所属 琴修会 認定講師/大谷 律子

所在地
練馬区栄町20 江古田ゆうゆうひろば(江古田ゆうゆうロード内)
Mail
rydia.toshimie@gmail.com

まずは見学!生徒さんのレッスンを覗かせていただきました。

ここは江古田にある「ゆうゆう広場」。
商店街の一角で「りっちゃんの部屋」という大正琴の教室が開かれています。
どこかで聞いたことのあるメロディーを、澄んだ音色の大正琴が奏でます。
一つの曲をじっくり、、、ではなく、ポイントポイントを指導しながら次々に演奏曲が入れ替わります。


大谷 「はい、一旦ストップです。
どこが難しいか、できないかはご自身で把握してると思いますので、ぜひお家で練習してください。
では次の曲、次のページをお願いします。
これは来週までに仕上げましょう!」

 気になる箇所ではすぐにストップ!
具体的に何が違うか教えてくれます
気になる箇所ではすぐにストップ!
具体的に何が違うか教えてくれます

「ほら、フォーム(姿勢)が前屈みになってますよ。
これは16分音符で速いですからね。
正しい姿勢・正しい手の位置でないと、上手くできないと思いますよ。
リズムは大丈夫ですか?」

 大正琴の譜面は、番号が鍵盤に対応し
―は休符、番号の下の線はリズムの代わり
大正琴の譜面は、番号が鍵盤に対応し
―は休符、番号の下の線はリズムの代わり

「次、上の(高い)音!ここ、難しいかな?こんな感じが正解です。頑張って!」

 先生が演奏すると実に見事に曲がつながります
当然ですが、生徒さんとの差は歴然です
先生が演奏すると実に見事に曲がつながります
当然ですが、生徒さんとの差は歴然です

――レッスンは無駄な時間がなく、的確なアドバイスと練習がひたすら繰り返されている印象です。
かなり効率良く教えているのではないでしょうか。
理由を聞くと、先生は「早く上手くなって欲しいので、様々な形式的なことは飛ばしている」とのこと。
生徒想いの先生なのですね!

大正琴の講師へと導かれたのは、音楽との繋がりがあったから

――先ほどはありがとうございました。
改めて、先生が大正琴に出会ったきっかけから教えてください。


大谷 「30年ほど前でしょうか。
当時はバブルの真っ只中でして、私は大手の音楽教室でピアノ講師をしていました。
その時、『今度、大正琴のコースができるので、資格を取りましょう』という案内が講師全員にあったんです。
今から思えば、その頃から教室では、現在の高齢化社会をある程度考えていたのではないかと思います。
そんな訳で、当時、大正琴のレッスンに通いましたが、その後事情でピアノ講師も辞め、
子育てなど転機のタイミングもあり、しばらく音楽と疎遠だったのですが、
ある時たまたま、今私が所属している会が出版する楽譜をお店で見つけたんです。
購入して、昔習ったことを思い出しながら遊び感覚で弾いて楽しんでいたのですが、
ふと表紙の裏を見ると、“大正琴の音楽教室がある”と書いてあるんです。
組織の中で講師として教えるのではなく、個人で自分の好きなように教える方が、
私には合っているかな?と思い、一念発起して講師の資格を取ったのが始まりです」

 華のある立ち居振る舞いは、やはり音楽ご経験者でした!
しかし、大正琴の講師までには紆余曲折…
華のある立ち居振る舞いは、やはり音楽ご経験者でした!
しかし、大正琴の講師までには紆余曲折…

――先生は元々音楽をされていたのでしょうか?


大谷 「5歳くらいからピアノを習い、
音大を卒業してから音楽教室のピアノの講師になっています。
専攻は声楽ではないのですが、私自身、とても歌が好きで。
実はシャンソン歌手になりたかったんです(笑)。
ですので、音楽教室を辞めてからは、レストランや
ホテルなどでのピアノの弾き語りをやっていた時期もありました。
でも出産後、子育てで忙しくなると、それも一切できなくなってしまって。
ただ、子育て中も音楽からは完全に離れられず、
ちょうど息子が幼稚園から高校までミッション系一貫校に入ったこともあり、
保護者の聖歌隊として讃美歌、ハンドベルやオルガン奏楽のご奉仕活動は続けていました。
こちらの生徒さんは、その頃からずっとお付き合いのあるママ友さんなんですよ」

 先生の以前からのご友人だという生徒さん、
知っている方と演奏できるのは嬉しいですね
先生の以前からのご友人だという生徒さん、
知っている方と演奏できるのは嬉しいですね

大正琴の魅力は、幅広い曲の網羅性。知っている曲も必ずある!

――そんな中で大正琴を選んだということだと思うのですが、
大谷さんにとっての大正琴の魅力とは、どのようなものでしょうか?


大谷 「こちらの大正琴は実は少し特殊でして、普通は弦を押さえるボタンが
もう少し飛び飛びに離れているのですが、こちらの会のものは、
ピアノの鍵盤と同じように揃って並んでいるんですね。
ですから細かいパッセージ(曲中の音の並び)も速く弾くことができ、
実にさまざまな曲が幅広く演奏できる点が魅力だと思います。
クラシックから昭和歌謡、ハワイアンやタンゴまで、なんでも違和感なく演奏できます。
その代わり、単音しか出ませんので、複雑な音色やハーモニーは、
パートが別れた楽譜を使って、皆で演奏しないとだめです。
でもそういう集まりや、カラオケの伴奏に合わせてメロディを奏でるのも楽しいことですよ。

 ピアノの白鍵・黒鍵のように連続して
鍵盤が並んでいるのがわかりますね
ピアノの白鍵・黒鍵のように連続して
鍵盤が並んでいるのがわかりますね

今日のもう一人の生徒さんは、元々趣味でJ A Z Zバンドをやられていて、
大正琴の演奏だけでなく、音楽そのものと向き合うように楽しまれています。
奥様が入院されていてずっとお一人で暮らされているそうで、
きっかけは寂しさを紛らわしたい、とのことですが、元々は海外で勤務していらしたとか。
そんな方が私たちと大正琴を練習されてるのって、人生って不思議ですよね。
教えている私も楽しくなります」

 この教室では珍しい男性の生徒さん、
そのご経歴もまた凄いものが・・・!
この教室では珍しい男性の生徒さん、
そのご経歴もまた凄いものが・・・!

――大正琴が取り持つ縁、なんでしょうか。
レッスンを聞いているとだいたいどの曲も耳馴染みがあって、
私たち高齢者への応援歌にも聞こえます。


大谷 「そうですね。今日の『長崎の鐘』などは、初級クラスの生徒さんには少し難しいと思います。
ただ、たまたま今、朝のドラマで、この曲を作った作曲家の物語を放送していることもあり、
親しみを持ってもらえるかなと思って、“できなくてもいいから、
できるところだけでいいからチャレンジしてみましょうよ”って練習に参加していただいています。
でも好きな曲ですとみなさん、不思議と一生懸命になって、意外とできちゃうんですよね」

 反復練習や基礎が大切なのはもちろんですが、
「この曲がやりたい!」という気持ちも重要
反復練習や基礎が大切なのはもちろんですが、
「この曲がやりたい!」という気持ちも重要

地元への見えない愛情が、ご自身の活動の場を拓くきっかけに

――大谷先生と地元や練馬との繋がりはどんなものがあるのでしょうか?


大谷 「子供のころに習っていたピアノの先生が、武蔵野音大ご出身でして、
私と母はレッスンが終わると、江古田の駅まで車でお送りする、というのがずっと習慣だったんです。
そのあと二人で市場や商店街でよく買い物をしていました。もう50年くらい前のことですが、
その頃から、そして大人になってからの30年ほど前の時代、この辺りはもっともっと活気もあり賑わっていました。
買い物も楽しかったし、なんでも揃いました。


そんな思い出もあってか、私が自分で琴の教室をやりたいな、と考えた時に、この場所が浮かんだんです。
一時期、この辺を離れましたから接点がなかったのですが、
また江古田に縁を感じるようになって足を運ぶと、やはり随分寂しくなっていましたね。
私の実感では当時のお店の9割が無くなるかお店が変わってしまっていました。
音大通りも昔はもっと人が多かったイメージで目を瞑れば今でもよく
一緒に歩いた同級生の顔が浮かぶのですが、現在では閑散としてしまっています」



――でもそうやって、ご自身が育った街で、先生が別のご縁を繋いでご活躍されているのって、
先生のお人柄なんでしょうね。素晴らしいです。

 先生は謙遜されますが、結果的に地元を
盛り上げてる姿を見て気持ちが温かくなります
先生は謙遜されますが、結果的に地元を
盛り上げてる姿を見て気持ちが温かくなります

大谷 「実は私、この地域での友達って少ないんです。
地元在住者が地元にある大学に行くケースは珍しく、
だいたいの友達は地方から通ってきますので、卒業すると戻っていってしまうんですね。
それでも何人かはたまに道ですれ違うこともあって、挨拶程度はありますけど、
深い交流というのはなかなかないですね。ただ、昔馴染みのお店さんなどは、
今でも私のことを“りっちゃん”と名前で呼んでくれるのは嬉しいですね。


まだ教室を始める前に、この場所を月に2回ほど借りて、琴の練習をしていたんです。
誰かに聞いて欲しかったですし、買い物ついでにフラリと自由に入ってもらえたら、と思って。
ところがものの見事に誰も入らないんですよ(笑)。
それで、私が小学校1〜2年生の時に担任をしていただいた先生が、今も桜台に住まれているのですが、
繋がりがありましたので、ある時『誰も来てくれないんです』とこぼしたら、
お友達を2人連れて毎月来てくれるようになったんです。


そのお友達のかたが、たまたま澪の会の会計係をされていまして、
定例イベントで演者さんの穴が出そうな時に、ピンチヒッターとして声をかけていただいたんです。
そのあとは定期メンバーに加えていただいて、年に2回のイベントに参加させていただいています。
こちらの会も生徒さんを育てて、ゆくゆくは生徒さんと一緒に大正琴でお手伝いできたらと思います」

 地元が繋ぐ様々なご縁、大谷先生も
この場所に導かれたのかもしれません
地元が繋ぐ様々なご縁、大谷先生も
この場所に導かれたのかもしれません

――大谷さんのお話のように、街の教室一つとってみても、地元への愛や人との繋がり、縁を感じるドラマがあります。
そういった目に見えない様々な繋がりがあって、今の私たちの暮らしがあるのだな、と心が温まる取材でした。
住み慣れた街を、また別の視点で見ることができそうです。

サポーターの取材後記

2番さ~ん
生涯をかけて音楽の道を、生まれ育った地「江古田」で花咲かせ、その地で事業、仕事が出来る様は大谷先生の心意気と情熱がなせる技と、教室風景から感じ取りました。それは、私達取材サポーターを前に多分普段と変わらない指導で道行く人々に堂々とその魅力を示されていました。
私もそうですが、きっとこの大正琴の演奏を聞いた人、熱心な教室風景を見た多くの人は、必ず琴のファンになる事、間違いありません。琴の魅力に合わせ、先生のお人柄、指導に魅せられて集まる生徒さん、ママ友であり正装(着物)して受講される生徒さんに表れていました。
ちょっと失礼になりますが決してメジャーでない大正琴を、先生はさることながら、生徒さんがその良さを信じて取り組んでいる姿は、私だけでなく取材した皆が虜になった事と思います。私達高齢者に勇気と希望を、そしてこのように真から打ち込める物を持つ事は、向上心と生きがいを与えてくれるものと心に刻みました。私達高齢者は仲間づくり、社会参加は、難しい事では決してなく、ちょっとの努力で出来るものと学びました。この事を多くの人々(特に高齢者)に、声を大きくして言いたい、言い続けたいとも感じ取りました。琴の演奏に魅せられ一時でも心豊かな時間を過ごせた事に、改めて大谷先生はじめ皆様に感謝申し上げます。
らいな
実は、大学時代の専攻がわたしと同じ、律子先生です。でも、あまりの多才さ、わたしはまったくかないません。ピアノの指導歴があり、弾き語りのお仕事も経験あり、その教室の研修で出会った大正琴の指導をすすめながら、このシニアナビねりまにも掲載されている「お茶の間ネット」の桜台パート「澪の会」例会でも歌うとのこと。ほんとうに地域に根を張って輝いている方だな、と思います。栄町本通り商店街の化粧品屋さんを律子先生が母娘2代でごひいきにされていて(そう、かつては化粧品をちゃんと買えるのは近所では「牡丹」さんだけだった!)店主さんにも「りっちゃん」と親しみをこめて呼ばれています。
地元の学校に通うことなく、そのまま地元ではない場所に就職してしまったわたしにとって、そういう街とのかかわり方が欠落しています。律子先生のように、ゆるやかに、しかし自分のもっている力を最大限に発揮している方を目標にして、わたしに何ができるかを考えていきたいと思います。あらためて、リポーターの原点に立ち返ることができました。ありがとうございました。

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