サポーター体験記
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それぞれの人生に寄り添う「新しいエンディングノート」は、終わりではなく、不安解消の道しるべ

それぞれの人生に寄り添う「新しいエンディングノート」は、終わりではなく、不安解消の道しるべ
始まりは団地が立ち並ぶ光が丘地域、
人が繋がれるツールとして「食」を入り口に

N P O法人 楽膳倶楽部は、高齢者の食のサポートから始まり、
今では当たり前になった「地域と人の繋がり」を1998年から意識して
活動を続けてきました。男性が料理をすることの意味を考えた料理教室のほか、
この先の人生をより生き生きと過ごすための準備として、
オリジナルのエンディングノート開発などを行っています。

N P O法人 楽膳倶楽部

取材ご担当:代表・理事長/清宮 百合子さん、副理事長/大隅 豊さん、西 和彦さん
※以下、文中敬称略。
※取材はコロナウイルス感染症の予防対策に十分配慮し、行われています。

電話
03-6915-6300
URL
http://www.rakuzenkurabu.jp

住民同士の繋がりを作る、集まる環境を作る

――まずは団体の沿革から教えてください。


清宮 「楽膳倶楽部は1998年の1月に発足しました。
なぜこの団体をやりたいかと思ったかと言うと、光が丘地域は住民同士の繋がりが希薄に感じ、
鉄の扉の中にどんな人が、何を想って住んでいるのかわからない状況だったので、
ここを改善して、つながり合いたいな、と考えたのがきっかけです。
扉を開けて外に出てきて欲しい、そのためのツールとなるのが、食事だと思いました。


 

 調理師の免許も持つ、代表の清宮さん
団体発足当初から繋がりを大切にしている
調理師の免許も持つ、代表の清宮さん
団体発足当初から繋がりを大切にしている

もう一つ、これは私の母親が大腿骨を骨折して、毎日食事を届けていた経験からなのですが、
一人がひとりのために食事を準備するのって、結構負担なんですね。
だったらみんなで作って食べるのが一番だなと思ったので、
出てきてもらって会食をしたりすることが、当初の目的となりました。
今から20年前は、こういった団体やグループは世の中にほとんどなくて、
当時、“老人給食ボランティアの会”と言うのがありましたが、これは届けることが主体でした。
でも私はやはり、『外に出てきて欲しい、一緒に食べたい』と思ったのと、
会が長く続くと、当初のメンバーがだんだん外に出られなくなります。
その時、そのメンバーを『じゃあ、さようなら』って突き放すようなことはしたくなかったので、
会食のスタイルにこだわって続けてきました」



――最初の食事は、清宮さんが作られたものを振る舞っていらっしゃったのですか?


清宮 「いえ、3−4人のメンバーが居て、光が丘IMAの中にあった施設を月2回借りることができ、
そこで皆で作ったものを、メンバーの方が集まって食べる、という流れでした。
そのあとは学校の家庭科室を開放してもらったりもしました。
家庭科室がいいのは、机や椅子も自由に並びかえられること。
ただ小学校の家庭科室って、意外と広いので、会食会の準備もあちこち走り回らないといけなくて、
それは大変でした(笑)。


今では当たり前のように絆とか繋がりを口にしますけど、私たちが活動を始めた頃は、
私たちもまだ働き盛りの頃でしたし、そう言う考え方は世の中に少なかったと思います」


――男性向けの料理教室を主催するに至った背景を教えてください。


清宮 「男性が料理できないと、家庭的にも困りますし、
どちらが先かは分かりませんが、いずれ伴侶を失うわけです。
ですので男性にも料理を覚えておいて欲しい、というのがきっかけですね。
男性の方は皆シンクタンクと言いますか、社会の第一線で活躍されてた方ばかりなので、
私たちの活動の中でもそれぞれの得意な分野で助けてくれています。」


大隅 「私もパワカレ※の卒業生なんですが、この料理教室へはパワカレ仲間に紹介されて入りました。
今では料理教室の仲間と一緒に、料理を作りながらお酒を楽しむ別の会を主催しています。
10人位のメンバーがいるかな?一応、料理中は飲まないルールにしていますが、つまみ喰いをしながらですと、
どこからが教室でどこからが会食なのか分からなくなりますね(笑)。
喜楽会(きらくかい)という名前の通りの活動をひと月に一度、開催しています」
※…パワカレ(つながるカレッジねりま)についての詳細は、こちらをご覧ください。
https://www.city.nerima.tokyo.jp/kurashi/kuseisanka/kyodosuisin/tsunagaru.html

 先人の生きざまは興味深く、
取材も自然と質問が多くなります
先人の生きざまは興味深く、
取材も自然と質問が多くなります

――こういった活動は、特に男性ですと、だんだんとメンバーの足が遠のくイメージがありますが、
その辺りは実際どうですか?


清宮 「男性料理教室は2つあって、1つは2006年から始まった清膳会(せいぜんかい)ですが、
メンバーの皆さんはもう、殆ど80歳を超えています。
もう1つが1年遅れで始まった百膳会(ひゃくぜんかい)です。
こちらはメンバーが少しだけ若いのですが、年齢が5歳違うと、とても動けますので元気に活動されてます。
清膳会の方は動かないんです。椅子に座っていて“今日は料理されないんですか?”
と、お声がけしても『僕たちは・・・』なんて言って、他の方の出来上がるのを待っているんです(笑)。
ただ、食事を通して顔を合わせるのも楽しみの一つですので、それもいいのかな、と思っています。
入れ替わりも多い中で皆さんそれぞれが仲良くなってますから、活動としては上手くいっていると思いますよ」

男性のための、男性によるレシピ本の開発!その名も「カンタン自分ごはん」

――そんな活動を通じて、少しずつでも男性に料理をできるようになっていて欲しい、というサポートに繋がっているんですね。


清宮 「そうです。それで2年前に“カンタン自分ごはん”というレシピ本を作ったんです。
皆さん、特に男性は『自分が(奥様よりも)先に逝く』って思われる方が多いんですよ。
でも今はそんなことなくて、奥様の介護をされていたり、老人ホームに入居されてしまったりという時代になっています」

 西さんは、寿命と健康寿命、さらに「健康余命」
の概念を分かり易く教えてくれました
西さんは、寿命と健康寿命、さらに「健康余命」
の概念を分かり易く教えてくれました

西  「健康寿命って言葉があるんですが、大事なのは “健康余命”だと思うんです。
少し古い統計ですが、男性と女性で高齢者の健康余命が実はだいぶ違っています。
男性の方が平均余命に対して健康な期間が長いのです。
今は寿命も伸びてきていますからさらに余命も伸びることになります。
男性は60代の死亡率が高く、それを乗り越えると男性の方が健康で、介護の期間は女性の方が長かったりするんです」


西 「このレシピ本のメニューは男性料理教室のメンバーが実作しています。
レシピは清宮さんやメンバーの栄養士が監修されていますが、最終的には男性が作っています。
まずはどんなメニューが良いのか?から吟味し、簡単にできて材料も手に入れやすく、美味しいもの。
しかもおなじみのメニューを中心に構成されています。
手順も1→2→3と3ステップで出来るように工夫されています。
イラストも特徴的でこれを見れば、大体のことがわかるようになっています。
台所で広げられるように見開きで2品、本のサイズや文字の大きさも考えて作られています。
ちなみに全て、1人前になっています」
※“カンタン自分ごはん”はサポーター体験記No.186(平成30年7月10日更新)でも紹介しています。
https://snavi-nerima.jp/supporter/detail.php?id=sprepo186

 可愛らしいイラストで親しみやすいが、
実は料理経験ゼロの男性がターゲット
可愛らしいイラストで親しみやすいが、
実は料理経験ゼロの男性がターゲット

清宮 「この本ができたきっかけは、今91歳になる、ある男性メンバーの奥様が施設に入居されてて、
その奥様はとても料理が上手で、自宅にたくさんの調味料や粉類があるんですが、男性は全く分からないと。
ですので、簡単な調味料やその説明などから、それをどのように活用するかまでを考えてまとめようと思ったのが始まりですね」

誰にでも訪れるその時を早い段階で見つめる事が、この先の人生を充実させる

――終活協働チームについても、活動内容や立ち上げの背景を教えてください。


大隅 「料理教室のメンバーで食事をしている時、雑談で出るんですよ。
年齢を重ねてきて、自分のこれからに何となく不安がある。
それが、それぞれの家庭で例えばお墓であったり、財産分与であったり、家の改装だったり、
そう言った様々な疑問や不安を、人生100年時代を迎えるにあたって少しでも取り除けたら、
もっと生き生きと、仲間と楽しい時間を過ごせるんじゃないかと思いまして。
そのために、楽膳倶楽部としてどんなことができるのか?を皆と話していくうちに、賛同者が増え、
知恵が集まり、チームができていった、というわけです。去年の12月からスタートしました。

 エンディングノートの書きづらさを根本から
解決するべく、現在奔走中の大隅さん
エンディングノートの書きづらさを根本から
解決するべく、現在奔走中の大隅さん

そもそも、“終活”というと後ろ向きなイメージがまだまだありますから、
私たちは、準備を前向きに捉える、いわゆるエンディングノートを制作する活動からはじめました。
ただ、書くと言っても一人だと中々進まないんですね。
ですので、最初の1ページだったり、まずどんなことから考えればいいのか、などを
外部の講師なども招きながらセミナーを開催し、皆で検討しながら進めていく、という活動を行っています」

 まだ原型だが、あえてエンディングという
言葉を使わない点もこだわりの一つ
まだ原型だが、あえてエンディングという
言葉を使わない点もこだわりの一つ

清宮 「協働チームでの活動の最初の宿題が、
それぞれのメンバーが誰か2人にインタビューをしてくる、というものでした。
エンディングノートの項目でどれが必要でどれが要らないかを客観的に考えるためです。
皆さんが口を揃えていうのは、このエンディングノート、今はまだ原型ですが、
これがあったからこの内容について家族と話すことができた、ということでした。


結局、お墓でも財産分与でも、普段の生活の中では中々切り出せない話題です。
でもこのノートがあることで、自然に『どう思う?』って聞けること、
話し合いの場が持てたことがすごく大きいのだと思います。
宿題のインタビューから分かったことは、一人ひとり、考えも人生も違うわけですので、
全く異なる価値観のみなさんに同じタイトルで同じ項目を機械的に埋めてもらうというのは、
ちょっと違うかな、と思うわけです。
そこで、中身の書きたいところも自分で選べる、タイトルさえも自分で選べる、
そんなノートにしたいね、という話になっています。

 レシピ本の監修も、エンディングノート
の開発も「こうだといいのにな」が原動力
レシピ本の監修も、エンディングノート
の開発も「こうだといいのにな」が原動力

一番の問題は、70代の多くの方がすでに書いて準備しているどころか、80代になっても真っ白だということです。
それだけ書くのが難しいということなんです。そこを皆で説明して、書くのを手伝う。
だからそのページやテーマごとに講師を招いて、
『じゃあ、このページについて書いてみましょう』という進め方を模索しています。
ツールとして、ハッピーエンディングカードというものも使っていて、質問に答える事で、
“今”自分がすべき事、あるいは考えなくても良いことを整理する、そんな様々なセミナーに参加することで、
一人ひとりオリジナルのノートが完成するといいな、と思っています」

 ハッピーエンディングカードは49枚で構成、
直感で質問に答えることで今やるべき事が見える
ハッピーエンディングカードは49枚で構成、
直感で質問に答えることで今やるべき事が見える

――エンディングノートの内容は日常的に会話するというよりも、
一回だけ早いうちにじっくり行って、あとは忘れるのが良い、とのアドバイスもありました。
コロナ禍で大規模な会合ができないですが、ノートがきっかけで、
家族や友人と「この先」のことを具体的に語り合えるのは、心配を増幅することではなく、
問題を明確にすることで不安を取り除くことに繋がるのだ、と感じた取材でした。

サポーターの取材後記

Zenさん
創業22年の永きにわたり光が丘で、地域福祉活動を特に「食でつなぐ地域の絆」を活動の基本コンセプトとして、楽膳倶楽部を拡大してこられた事は感激の一言につきます。特に、清宮理事長の「人生100年を健康で楽しく過ごす為には、基本は「食」楽しく生活する素、人と人の絆は信頼が素」と力説されておられた事は、非常に共感を覚えました。
現在一緒に行動されている会員は勿論、地域の皆様方も、食を通じて温かく見守り・心配りを図りながら、あえて「終活の一助として、エンディングノート」を、個人毎に作成してもらい、スタッフ全員で出来ることを応援して最期を迎えて頂こうとする姿勢にもいたく感心させられました。
これからも、地域光が丘を中心に練馬区民の為に、楽膳倶楽部さんの更なる福祉活動のご活躍をお祈り致します。
ynishi
私自身、楽膳倶楽部さんと関わって4ヶ月になりますが、改めて、理事長である清宮さんの人脈の広さ、そして人脈つくりの為の積極的な行動のパワーを感じました。
私が所属する「終活協働チーム」としては、エンディングノートを書くことにおいて、地域での人との繋がりから家族との話し合い、どれが必要/不必要かを選ぶ、といった、これまでとは異なった角度からの活動の必要性が伝わってきた取材でした。これまで福祉分野においては積極的だった練馬区において、今後、練馬区の終活といえば「練馬終活協働チーム」と思われるようになる予感もしました。
最後に、終活協働チームメンバーの一人として、終活ミニセミナーを通じて、人との繋がりを大事にしながら、このチームの各種活動を続けていきたいと思っています。

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