サポーター体験記
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街かどケアカフェあたたかい居場所へ ――寄り合い処 いこいの場ふくろう――

街かどケアカフェあたたかい居場所へ
青梅街道に面した小さな店構えを
やわらかな日差しが照らす
青梅街道の北裏交差点は南に三鷹、西に田無、東に吉祥寺や荻窪と、路線バスやトラック等の車が激しく行き交う交通の要所。
その扇のかなめに「ふくろう」の暖簾が見えます。ここが今回紹介する「寄り合い処いこいの場ふくろう」。
どんな処かというと……、先ずはゆるりと記事をお読みください。 

名称:寄り合い処 いこいの場「ふくろう」
所在地:練馬区関町北3-3-7
電話:03-3920-5242
取材者:代表 山口 雪江さん
URL:陽だまり.com で検索
※以下、敬称略

年を重ねることは“福”を重ねること

「寄り合い処 いこいの場ふくろう」は約10年前にオープン。今から6年前に現在の場所に移り、代表の山口雪江さんと共に利用する方々の想いや願いが「いこいの場」を創り上げました。カフェは火木土の週3回オープンし、誰でも気軽に立ち寄り、ワンコインで本格的に豆から挽いて淹れたコーヒーを飲め、気のすむまでおしゃべりができます。昼時、希望すれば玄米おにぎりや玄米いなりに副菜が付いたランチを食べられます(別料金)。

入口のドアを開けて、マットの上で靴を脱ぎます。誰に案内されるでもなく、無意識にコートを壁に掛け、バッグを置いて・・・。一連の動作を当たり前の様に行った時、ふと、初めての場所なのにどこか居心地の良さを感じました。もしかするとこの自然な行為が、心を開く第一歩につながるのかな?とそんな事を考えました。

 どこか懐かしい、ほっとする
甘い味付けの玄米いなりは一口サイズ
どこか懐かしい、ほっとする
甘い味付けの玄米いなりは一口サイズ
 取材の対応をしながら手早くコーヒーを
準備していただきました
取材の対応をしながら手早くコーヒーを
準備していただきました

――「ふくろう」というネーミングにはどんな想いが込められているのですか?

山口 「始めた当初は『陽だまり』というネーミングで、誰もが気軽に立ち寄って、『ホッと一息しませんか?』ということで始めたんです。ここへの引っ越しを機に『ふくろう』とネーミングを変えています。
『ふくろう』は動物のことではなくて、『福老』という字をイメージしています。
豊かに福ある年を重ねようという願いがこもっています。
老いも若きも年齢に関係なく、
『ふ』は普段からなじみの関係を作り、
『く』は苦楽を語り、
『ろ』は老を労い称え合い、
『う』は、うれし・楽しや・ウキウキ老後、
といったスローガンみたいなものを表したつもりです。

 人生は人それぞれ、いろいろですよね。お一人おひとりが“老い”と向き合いながら、その人らしく豊かに福ある年を重ねていくことの大切さ、素晴らしさをこの仕事を通じて痛感しています」

 山口さんは、非常にパワフルな印象
身振り手振りでありありと思いを語ります
山口さんは、非常にパワフルな印象
身振り手振りでありありと思いを語ります

――こうした場所をつくろうと思われたきっかけは、どのようなことですか。

山口 「訪問介護※に携わっている時のことです。ある時、ご利用者(奥様)が留守でご主人が『女房はさっき出かけてしまって、そのまま帰って来ないんだよ。いっつも、そうなんだよ!!でかけたまま、鉄砲玉とおんなじだよ』と、心配もあってか、かなり苛立っていたんですね。
無事に奥様が帰宅された後も、ご主人は誰とはなしに不満をブツブツ…と。
奥様とかみ合わない会話に、お二人でちょっとした口げんかになることも度々ありました。介護する方もされる方も、ご夫婦間で言いたいことが胸に溜まっている様子で。
※・・・介護保険サービスの訪問介護という意味

ご主人にそっと『遠慮なく私にグチをこぼされていいんですからね』って言ったら、すごくホッとした顔をされたんですね。
こんな時、気晴らしにぶらりと出かけた先でゆっくりとおしゃべりできたりくつろげる場所があったらいいのになあ…と。
”奥様にもっと明るい表情がもどってくるのでは?”
“ご主人も奥様のことをもう少しわかってあげられるようになるかしら?”
なんてことも思ったり。

私、在宅ヘルパーをしている頃は、ファストフード店をよく利用したんです。
井の頭沿線が主でしたが、お店でパンを食べながらコーヒーを飲んでるお年寄りの方と出逢うことが多くて、訊けば大泉学園のほうから来てコーヒー飲むのが楽しみで…吉祥寺までバスに乗って散歩にはちょうど良い距離なんですって。
他にも、通院帰りによく立ち寄るというご高齢の方は
『家で一人でお昼食べるのもつまらないから、お店に来るのが癖になっちゃってね』とか、
また別の方は、杖をついていた自分を席まで案内してくれるウエイトレスのあたたかさを感じる、とか、
日常の何気ない時間で、いろいろ教えられた思いでした。

決して特別な場所でなくてもいいんじゃないかな、お年寄りも介護者も立ち寄って、気軽にグチのひとつふたつこぼしたりする場所が欲しいんじゃないかなぁ、と感じたのです。

また、『私はこんなはずじゃあなかった』とつい考えちゃう人って多いと思うんですよ。
例えば教師とか社長とか、現役の時分にはいろいろな肩書を持っていますよね?そんな方たちは、社会との関係が薄くなり、名刺を捨てた時に、皆さんこう考えます。
『自分は何だったんだろうか』と。
そうした自分との関係障害、家族や社会との関係障害等々を、皆で語らうことができたらいいんじゃないかとも思ったのです。

 あそこに行けば保護してくれる、気軽に話を聞いてくれる、お茶も飲めたりする、そんな場所があればいいのかなぁと思ったのが、きっかけでしょうか」

終わり良ければすべて良し

誰もが老いの日を迎えます。そしていつかは、あちらの世界に渡らなくてはなりません。その日まで、越えなくてはならない様々な山坂があります。本人にも家族にも大変なことに違いありませんが、捉え方、考え方、対処の仕方等によって、ごく自然に、人生の当たり前のこととして笑って過ごせるのかもしれません。

 認知症は私たちシニア世代にとっても
関心のある話題、全てのエピソードに気づきが
認知症は私たちシニア世代にとっても
関心のある話題、全てのエピソードに気づきが

――でも、認知症はどうなんでしょう。家族や周囲が大変なことになるので皆、「認知症にはなりたくない」と考えるのではありませんか?

“認知症になったら大変だ”という相変わらずの悪いイメージだけが先行して、マスメディアでも『認知症予防』がたくさん取り上げられています。『認知症』は以前、『痴呆』と呼ばれていました。『痴呆』は侮蔑的な意味合いのある表現であり、痴呆について誤ったイメージが広く存在しているのではないか…ということで、現在の『認知症』へ用語が変更になった経緯があります。

ですが私は、『認知症』という名称になって、更に『脳の病気』であるがごとき誤ったイメージが強くなっているように感じてなりません。
その為に、歳を重ねるごとに『認知症だけにはなりたくない』という大きな不安となっているのではないでしょうか?
ご高齢の方が
『昔の方が自然で良かったね。
「最近ぼけちゃってねぇ、うちのおばあちゃんも、年を取って最近物忘れが多くて困ったもんだよ」
なんて、どことなくあたたかいやりとりがあったように思うね』と話されています。

 医学が進化しMRIなどで脳の状態がわかるようになったのは良いけれど…何でもかんでも『大変だ、病院に行って検査をうけなくては』と大騒ぎする。病院で診察を受け、何らかの症状が見られたら薬を処方される。それだけが正解とは到底思えません。そして、認知症は脳の病気だから、今からでも遅くないから脳トレをしましょう、なんて提案される。子供の頃から勉強しなさいと追い立てられて、塾に試験にもっと頑張れと言われて、さらに老いてまで『脳を鍛えましょう』『いくつになっても遅くないですよ』って・・・。
これ、素直に楽しいとは思えませんよね?(笑)

長いこと訪問介護をしていてわかったことは、何より『語らい』が大切だということ。おしゃべりして楽しんで、共感して笑い合って、それで元気になった方に多く出会っています。話す、言葉にして出す、というのが一番の『脳トレ』なんですよ。

人はいずれ年を取っていき、身体機能も低下し認知症状も大なり小なり現れてくるものです。
私は、”予防すること”は必要だとは思いますが、それよりもむしろ、そんな時
『大丈夫ですよ、心配いりませんよ』と安心して、そっと寄り添ってくれるような
地域社会であることを望みたいですね」


――介護の現場では、どんなふれあいがあるのですか?

山口 「私は現在”介護保険外のサービス”の提供をしています。トイレの全介助で伺っていた、あるご高齢の女性、日中は車椅子にて過ごされています。ご自分からは話されることはなくこちらの声かけに頷いたりする程度で表情もほとんど変わらない静かな方です。
そんな方には、カセットで音楽を流すことから試みて『決して静かな環境を望んでいる方ではない』という事を確かめながら、少しずつ触れ合いを増やしていきます。
今度は新聞紙を丸めてバット代わりに持ってもらい、その次はカセットでBGMをかけながら私がビニールボールを投げる、といった具合です。
『打ってくださいね』と声掛けしている内に、だんだん新聞紙のバットに当たる様になっていきます。
当たるまでには休憩をはさんだり、おしゃべりを楽しんだりしながらゆっくり時間をかけますが、当たるようになると表情が和んで笑顔へと変わってくるんです。
バットに当たる回数が多くなると『キャッキャッキャッ!』と声をだして喜んでもくださいます。
声を出して楽しまれているところへ、タイミングよく帰宅した娘さんが『まぁ、母が笑ってる!!』と驚かれたこともありました。

もちろん介助者は、ただボールを投げるのではなく打ちやすい場所に打ちやすいボールを投げることが重要となります。
不思議なもので、十分楽しまれた後のトイレ介助はいつもよりスムーズにできる事が多いんですよ。
ご自分で立とう・動こう、と言う気持ちが強く表れているのがわかり、介助する私も随分と助けられました。

90歳を超えた方と”野球ごっこ”をすることは、遊んでいるようですが立派なリハビリだと思って関わっています。
心が動くと、出来ないと思っていたことも出来てしまうんですね。
介護される側もする側も、共に楽しむことが大切かと…心をときめかせて楽しくなること、それが本当の介護ではないでしょうか」

 取材時もカウンターで静かに塗り絵を楽しむ方が
これもときめきの一つ
取材時もカウンターで静かに塗り絵を楽しむ方が
これもときめきの一つ

――介護するという上から目線ではなく、人と人、対等の関係の中で真剣な関わりが求められるわけですね。

山口 「そうありたいと思っています。認知症と称される方も、周りのことや人の動きをちゃんと見ていますよ。
利用者を前にした時だけどんなに繕った対応をしても思うようにはいきませんよ。
お世話する対象なのだ、と思ったり、冷たい指示などには、利用者さんの拒否が起こります。

在宅介護の現場では分からないこと、疑問に思えることばかりで、とにかくいろんな症例や考え方の本を読みました。その中で『なるほど』と印象深かったことの一つにこんな症例がありましたよ。

ベテランヘルパーの誰が行ってもダメだった“物取られ妄想”の方、仮にAさんとしますが、Aさんの家に、ある時若いヘルパーが行ったそうです。で、掃除や洗濯など一通りのことをして敢えて時間を余らせて、『Aさんはお琴を弾かれるそうですね?ちょっと弾いて聴かせていただけませんか?』とお願いしたのね。そしたら『いいですよ』と言って、弾いてくださり、嬉しそうだったと。たったこれだけのことで、それから”物取られ妄想”がなくなったんだそうです。
きっといつもいつも、ヘルパーにしてもらうばかりで心苦しかったんでしょうね。若いヘルパーからの頼み事を引き受けてお琴を弾けたこと、ヘルパーが喜んでくれたこと。Aさんは、ヘルパーと対等になれて、共に喜び合えたことが嬉しかったのでしょうね。

時に私は『もう来ませんから!』と、利用者さんに厳しいことを言ったことがあります。
入浴介助でのこと、いつもと何だか様子が違うな、おかしいな?!と感じながらも、あまりにもわからないことを言って私を困らせるんです。最後には私もどうしたらよいのかわからなってしまって、『○○さん助けてよ、私、本当に困ってるのよ・・・』と、正直な気持ちをぶつけてみたんです。
『そんなにわからないことをいうのなら私明日からもう来ませんからね』と。そしたら分かってくれたみたいなんです。

私も必死になって向き合っていますが、それと同時に、やはり○○さんとの絆というか、馴染みの関係性・信頼を置くことが大事だと思います」

ここは「駆け込み寺」。ホッと一息しませんか?

少子高齢化、老々介護、高齢者の生き甲斐……等々、悩み、苦しみ、哀しみが尽きない現実が確かにあります。だからこそ、身近なところに楽しみや喜びを見つけて、笑いながら日々を大切に生きたいと思う人は多いのではないでしょうか?
「寄り合い処 いこいの場ふくろう」は、高齢者にとっても介護者にとっても、さらに子供や若い世代の母親たちにとっても、現代の「駆け込み寺」的な存在となっています。

 様々な催しが開かれる なんとこのチラシも
山口さんのお手製!(画像は4月度のもの)
様々な催しが開かれる なんとこのチラシも
山口さんのお手製!(画像は4月度のもの)
 カフェ2階のスペースは、山口さんのアイデアで
様々な憩いの場にくるくると姿を変える
カフェ2階のスペースは、山口さんのアイデアで
様々な憩いの場にくるくると姿を変える
 例えば、そろばん寺子屋や卓球&カラオケ
交流会やオカリナの会など、実に多彩
例えば、そろばん寺子屋や卓球&カラオケ
交流会やオカリナの会など、実に多彩

――カフェだけではなく、いろいろな活動をされていますね

山口 「私が介護福祉士になったのは40代前半から。それ以前はソロバン学習の指導をしていたんです。
2階の『くつろぎスペース』は火・木・金曜日の夕方からはそろばん寺子屋に変身します。
そろばん寺子屋はふくろうに移転してくる前からの引き継ぎですが、そもそもはある高齢者との出会いがきっかけで実現しました。
このほかにも空いてる昼間は、卓球教室、読み語りの会、オカリナの会等、私が”これをしたら楽しいかも?!”と思うことや利用者の皆さんの要望があったこと等をしています。1階では『カラオケ』も楽しめますよ。
 
介護って、お年寄りのイメージがあるけれど、人間誕生から死に至る”人の一生”における、人との関わりを通して『人間が老いることを考える』という意味においては、小学生から取り入れていく必要があると思うわね。つまり、介護って関係性、コミュニケーションだと思うんです。だから、小学校のカリキュラムに、介護の心を学ぶ教科を入れていくことも大切だと思いますけどね」

「私は、大切なのは、関わり・会話・声を出すこと、だと考えています。
あらためて『今日は〇〇の訓練をしましょう』というのではなく、生活の中で好きなことをして楽しんで、人と話したり、歌をうたったり、ということで、その人らしい人生を喜んで生きることを目指しています。ふくろうに来てまで、足の運動をしたり、魚へんの付く漢字をカードで覚えたり・・・みたいなことは敢えて勧めたりはしません。
もちろん、運動用具やカード類も揃えていますが、時と場合によっては声掛けをしてご本人の気持ちに任せています。利用される方のほうが良く心得ているようで、ふくろうはそういう場ではない!と(笑)。

一般に『リハビリ体操(運動)などといった○○ができる処』と明確に打ち出した方が好まれるようですが、このあたりはもう少し、工夫も必要なのかもしれません。
いずれにしましても、私はいつでも、新たな出会いを楽しみに、どなたでもお待ちしています!」


・・・山口さんのお話、いかがでしたでしょうか。
まずはみなさんも、楽しみをもう一つ見つけに「寄り合い処 憩いの場ふくろう」に気軽に立ち寄ってみませんか?

サポーターの取材後記

なかなか
山口さんの目指す「いこいの場」は、決してお年寄り専門ではなく、介護されたり介護したり、子供も親も様々な世代の方々が寄り集って、明日を煩うのではなく今日を楽しく、イキイキ生きる気持ちになれる処とのこと。自分の心の中に巣食う「こだわり」や「体裁」を捨てて、身の丈にあった暮らしを楽しみたいものと、つくづく感じさせていただいた有難い取材でした。
☆トコちゃん☆
最近、近所で街かどケアカフェののぼりをよく見かけます。そのスタイルは様々のようで、今回取材した「いこいの場ふくろう」はカウンター席とその後ろにソファーが置かれている温かみのある居場所でした。人生100歳時代、高齢者の数だけ悩みごとやお困りごとがあり、それを声に出せる場所、聞いてくれる人がいる場所って大切だと思いました。
気楽に立ち寄り、想いを話す。そんな関わり合いが出来るケアカフェがもっともっと増えたら良いと思います。

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