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練馬の名刹、三宝寺で「写経」体験
~書くことそのものが修行!~

取材日:平成29年10月23日 更新日:平成30年1月10日

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慌ただしく、あるいは何となく過ごしてしまう毎日に、ちょっとしたメリハリがあるといいものです。お寺でお経を書き写す「写経」は、非日常の環境で集中できる貴重な場。石神井公園のすぐ近くにある三宝寺で、月に一度、写経の場を設けていると聞き、写経の意味や効果についてお話を伺い、写経にも挑戦してきました。
三宝寺
副住職:小峰 一成(こみね いっせい)さん
■所在地 練馬区石神井台1-15-6
■電話:03-3996-0063

600年以上の歴史をもつ三宝寺

 真言宗智山派寺院の三宝寺は、600年以上もの歴史がある由緒あるお寺。1394年、室町時代に建てられ、1477年に太田道灌によって現在の場所へ移転しました。徳川三代将軍家光が鷹狩の際の休憩所としていたため、家光がくぐったとされる山門は、御成門と称されています。

 広い境内には本堂以外にも大師堂、観音堂、大黒堂、鐘楼(しょうろう)堂などがあり、その来歴を物語っています。境内を歩いているだけで心が落ち着いてくるようです。

 お話を伺ったのは、三宝寺の副住職、小峰一成さん。写経は心身や脳に良いとされ、いま注目をされていますが、実際にはどのような効果があるのか、どのような心構えで臨めばよいのかなどをお聞きしました。

心地よい疲労感と充実感が得られる体験

 写経は集中力を要するように思えますが、特にシニア世代にとってどのような効果が見込めるのでしょうか。

 「認知症予防などに効果があるかどうか、医学的なところはわかりませんが、馴染みのない文字の配列や形など、難しい漢字を間違えないように書き写すだけでかなりの集中力を必要とし、脳の活性化につながっているのではないでしょうか。また、少しでも上手に書こうとする心遣いが『よい疲労感』を与えてくれるので、ジョギングやウォーキングのような体力的な負荷でなく、良い意味での精神的な負荷を伴うことが特徴だと思います」

 副住職の「文字の上手い下手ではなく、心を込めて書くことが大切」との言葉に、少しホッとしました。写経に訪れる人は、毎月通うリピーターが多く、10年以上続けている人も! お経の意味がわからなくても、継続することが大切なのだそうです。

 「昔の仏教説話にこんな話があります。お釈迦様が理解の悪い弟子に、『塵を払い、垢を除かん』と唱えながら、毎日同じ場所をほうきで掃くように言ったそうです。その弟子は、毎日同じことを繰り返し、後に悟りを開くことになります。写経もそれに似ています。意味がわからなくても繰り返すことで、日常を過ごしているだけでは気付かないことに、ふと気が付くことがあるはず。何日も断食したり、滝に打たれたりすることだけが修行というわけではないのです」

実際に写経に挑戦してみました

 さて、いよいよ写経に挑戦です。専用の部屋に参加者20数名が集まると、まず副住職のお話を聞き、全員でお勤め(お経を唱える)をします。その後、それぞれの写経をスタート。専用の椅子を借りても、あぐらをかいても、足を崩しても自由。各人がやりやすいように、自分のペースで取り組んでよいそうです。

 「写経の時間は1時間ほどですが、途中で休んでもいいし、早めに終わってもかまいません。書き写すためのお経には般若心経と観音経を用意していますが、初心者には、だいたい1回で終わるので般若心経がおすすめです。観音経は長いので、月に1度のペースだと1年くらいかかることも。終わらなければ、自宅へ持ち帰って取り組んでも、翌月また来て続きから始めてもいいのです」

 最初は、書き間違える方もたくさんいるそうですが、書き損じても捨てることはせず、線を引いて直しながら、最後まで仕上げるのが基本。納めるのは完成したもののみです。

 「始めるきっかけは人それぞれですが、一定時間集中して、それを継続することに意味があると考えています」

 最初は筆が思うように運ばなかったり、つい上手に書こうとしてしまったり…。でも、半分を過ぎるとだんだん雑念が消えていき、ただただ書くことに集中していました。

写経を通して得られるもの

 三宝寺で月に一度、写経の場を設けるようになったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

 「一般の方に修行の場を提供し、体験していただきたいという思いで、現在の35代住職が30数年前に始めたと聞いています。写経の他にも、仏教の教えを歌のように唱えるご詠歌や、瞑想などもあり、いずれも定期的に実施しています。お墓参りや法事だけでなく、いろいろな機会を提供していきたいという意図だったと思います」

 一番最初に始めた瞑想のための部屋を本堂の下に作り、その後始めた写経も同じ場所を使うようになったため、現在は瞑想の名を取り、「阿字観・写経道場」としているとのこと。

 「2年前から私が担当しておりますが、皆さん一生懸命に取り組まれていて、感心しています。毎月、『しっかりと書くんだ』という意気込みを持ってお見えになっているという印象。むしろ頭が下がる思いで、敬意を表したいほどです」

 参加者は、おおむね60歳以上で、80代の方もいらっしゃるそうです。現在は空きがないため、今のところ新たに募集はしていないとのことですが、写経は自宅でもできるので、ぜひ一度体験されてみてはいかがでしょうか。

 最後に副住職からメッセージをいただきました。
 「写経の体験を通して、日常生活では気付かないようなことに“気付く”瞬間があればいいと思います」

 まだまだその境地には達していませんが、その瞬間を感じることができるように継続していけるといいですね。

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あさぎり

写経は、一字一字間違えないように書くことで良い疲労感と精神的な付加を得られるのがよいとのお話でした。確かに、他のことを考えると文字の間違いにつながってしまう。これが脳にも心にも良いのだな~と納得しました。寺の歴史についても驚くことが多く、歴史好きの私には魅力のあるお話でした。写経を体験した際の副住職様のお話は、「いただきます」の意味について…。「自然界すべての生き物には生命が宿っている。それをいただく(食べる)時、それに感謝しての言葉が『いただきます』」とのこと。明日から私もその心で食卓に向かおうと思います。この日は20数名の方々と共に真剣に写経に取り組みました。充実した時間を寺内で経験し、感謝のひと時をありがとうございました。

KKK3

「写経の意味をわかっているの? 字は下手だし、落ち着きもないのに…大丈夫?」。宿坊の町で育ち、習字の有段者でもある家内に写経の取材体験の話をしたらこう言われ、「だからやるんだ」と反発して取材に行きました。副住職から、「写経を行うことは、御仏の教えの中に入り、私たちがこの身のまま仏であることを味わう修行です」と、心構えを教えていただきました。こういう世界に疎い私は十分に理解はできませんでしたが、写経により心を空にして集中する体験ができ、心身に良い影響をもたらすことを実感しました。

鷹山公

初めて写経というものを体験させていただきました。まず正座でなくてもかまわないということで、座椅子をお借りして机に向かうも、小学校以来の筆の使い方に悪戦苦闘。模写の上をなぞるだけの作業のはずなのに、読めない漢字(見たこともない?)の形が象形文字のようになって、時には塗りつぶしただけの黒玉に変化していきました。とても悟りの境地には程遠く、雑念だらけの写経となりました。それでも参加されている方々は、清々と和やかに没頭されていた姿が印象的でした。貴重な体験ができた一日でした。

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副住職の小峰一成さん。現在、総本山に行っている35代住職が不在の4年間、留守を守っています

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広い境内には平和観音と観音堂もあります

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本堂の奥で静かな佇(たたず)まいを見せる大師堂

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歴史の重みを感じる本堂の幕には、徳川家の葵の紋と三宝寺の紋が並んで織られていました

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写経や瞑想などが行われている「阿字観・写経道場」。写経の際に使う墨や小筆、すずり、下敷は各自持参します

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道場の奥には涅槃(ねはん)仏が横たわり、写経の前にここで手を合わせる人の姿も多く見られました

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般若心経の写経。文字を丁寧に写していき、40分ほどで完成!

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サポーターの取材の様子