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練馬の歴史散歩に出かけてみませんか
~豊島園の異空間 田島山十一ヶ寺(たじまやまじゅういっかじ)~

取材日:平成28年8月23日 更新日:平成28年10月11日

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豊島園駅のすぐ近くにある「田島山十一ヶ寺」(以下、十一ヶ寺)をご存じでしょうか。豊島園通りから一歩足を踏み入れると、突然広がる静かな異空間。参道の両脇に並ぶ11のお寺の山門からは、それぞれ手入れの行き届いた境内を見ることができ、その佇(たたず)まいに心が癒されます。十一ヶ寺の歴史に思いをはせながら、練馬の小さな歴史散歩を楽しんでみてはいかがでしょうか。
田島山十一ヶ寺 九品院(くほんいん)
住職 藤木 雅雄(ふじき まさお)さん
■所在地 練馬区練馬4-25、4-26
■ホームページ http://kuhonin.jp
■アクセス 都営大江戸線/西武豊島線 豊島園駅 徒歩1分

みどころが凝縮された静寂スポット

 十一ヶ寺は、豊島園駅前の映画館の向かい側の通り沿いに入り口があります。「前を通ったことはあるのに、こんなところにお寺があるなんて…」という方も多いのでは? 遊園地のとしまえんがすぐ近くにあるとは思えないような静寂な散歩道、さっそく歩いてみましょう。

 広い参道の両側に並ぶのは、仁寿院、迎接院、本性院、得生院、九品院、快楽院、宗周院、仮宿院、受用院、称名院、林宗院の11のお寺。なんと、敷地面積はすべて同じなのだそうです。山門が開いていれば境内は自由に見学することができるので、各寺の趣の違いを楽しむのも面白いですね。

 参道の突き当たりには墓地があり、お寺ごとに11区画に分かれています。この中には、本草学者の小野蘭山や、書道家の池永道雲、歌舞伎役者の澤村宗十郎のお墓も。先代二所ノ関親方の墓碑もあり、生い立ちの記載の後に、昭和の大横綱大鵬や大麒麟の懐かしい名が刻まれていました。

蕎麦喰い地蔵ここにあり

 十一ヶ寺のひとつ、九品院には、延命蕎麦喰地蔵(えんめいそばくいじぞう)がまつられています。九品院住職の藤木雅雄さんを訪ね、蕎麦喰い地蔵の由来と、十一ヶ寺の歴史についてお話をうかがいました。

 「江戸時代初期、金銀や地質に長けていた大久保長安が、『土が盛り上がっている』と掘ってみたところ、お地蔵さまが出てきたそうです。その後、西慶院の地蔵として供養したのが蕎麦喰い地蔵の始まりです」

 その後、蕎麦屋の尾張屋の主人が、毎日やってくるお坊さんの後を付けると西慶院のお地蔵さまだったことがわかり、欠かさず蕎麦を供えていたら、天保3年(1832)の大飢饉(ききん)の際にも尾張屋は助かったそうです。このことから、無事息災を願って蕎麦を供えるようになったということです。

 「いくら貧乏でも蕎麦くらいは供えられる…そういう気持ちが生きる力になっていたということなのでしょう。このお寺でも、20〜30年前までは、近隣の蕎麦屋さんが集まって、皆に蕎麦をふるまっていたんですよ」

移転を繰り返し、練馬にたどりついた十一ヶ寺

 なぜ練馬に十一ヶ寺があるのでしょうか?

 「元々は、小田原にあった浄土宗・誓願寺の塔頭(たっちゅう・大きなお寺の中の小さな寺)だったのです。徳川家康に請われて小田原から江戸の神田白銀町に移転したのは、文禄元年(1592)のこと。その後、慶長4年(1599)に、江戸城の拡幅や市街地整備のため神田須田町に移転しました」

 その頃、鷹狩に来た徳川家康が、田んぼの中に点々と散る寺の風景を見て、島のようだと言ったところから田島山の名がついたそうです。

 「江戸の半分以上が焼けたと言われる明暦3年(1657)の大火により、本坊誓願寺とともに浅草へと移転します。そして、大正12年(1923)の関東大震災の後、昭和2年に浅草を離れ、他の塔頭と共に十一ヶ寺としてこの地に引越してきたのが、練馬での歴史の始まりでした」

 移転してきたのはお寺とお墓だけで、檀家(だんか)さんは火事のため、散り散りとなってしまいました。約1万坪の敷地に11のお寺とそれぞれの墓地をつくり、90年近い時間をかけて少しずつ地域と縁を結び、現在に至るということです。

 「当時、この辺り一帯は田んぼが広がり、夜はカエルの鳴き声で眠れなかったそうですよ」

練馬区のシニア世代のみなさんへ

 「肉体が老いると精神も老います。肉体のケアと共に心のケアも必要」と語る住職から、練馬区のシニア世代へ向けてのメッセージをいただきました。

 「人生には往路復路があります。復路を歩むシニア世代には、往路に見えなかったものが見えてくる。見えてくるものは人それぞれだと思いますが、自分はどこから来てどこに帰るのか…?そんなことを意識して考えてみてもよいのではないでしょうか」

 お寺の維持は本当に大変なため、あと25年もすれば日本国内のお寺の数は半分になってしまうともいわれているそうです。これからは葬祭を行うだけではなく、地域の方々と気軽に話し合ったり相談し合ったりする場にしたいとのこと。

 豊島園駅周辺へお出かけの際は、住職のそんな思いを感じながら、ぜひ十一ヶ寺まで足を伸ばしてみてください。お寺を巡ったあとは、不思議と心が穏やかになったような気がしました。

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ハニー

青もみじが美しいお庭の奥に小さな本堂があり、お寺というよりは庵(いおり)の風情。それぞれ趣向を凝らした庭を持つ11のお寺群は、山門からお庭を拝見するだけでも心が落ち着きます。ご住職のお話が蝉(せみ)の声と共に心に沁(し)みました。

夢ブリッジ

浄土宗7000寺の大本山増上寺とそれを取り巻く寺々、そして塔頭としての十一ヶ寺、徳川家康にまつわる江戸前期からの長い歴史…。「それは、江戸の大火や関東大震災など、災害と復興の歴史そのものです」とのご住職のお話。墓地には昭和の大横綱大鵬の師匠二所ノ関親方の墓碑も見られ、現代までの長い時間に思いをはせた取材でした。

プラッシー

「人間は生まれる前は魂だった」というプラトンの言葉があります。生きるということは、それを思い出すことだそうです。今回の取材で、何か偉大なものに生かされている自分を感じることができました。感謝のうちに。

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外から見ただけでは想像もつかないような異空間が広がります。迎接院の山門から見た境内は風情たっぷり

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「縁があるのは偶然ではありません。縁には意志があるのです」など、住職の藤木雅雄さんのお話は深く心に響きます

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蕎麦喰い地蔵尊がまつられている九品院で、蕎麦を食べながら楽しそうに語らう何とも陽気な石像を発見!

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東京都指定有形文化財、練馬区登録有形文化財に指定されている小野蘭山墓

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九品院の山門

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林宗院の美しい庭園。取材した日は、百日紅のピンクの花と大きなハスの葉が印象的でした

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仮宿院の六地蔵尊。お寺ごとに異なる風情もまた楽しい

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大きな窓から見える庭の木々に癒される空間での取材風景